高齢者へのきめ細やかな配慮を

阪神淡路大震災から見えてきた教訓

平成7年に起こった阪神淡路大震災。
直下型の大きな揺れを引き起こし、住宅が多く倒壊したため、仮設住宅に移り住まざるを得ない被災者を多く出しました。
自治体は抽選によって入居者を選び、その順に仮設住宅へ入居させる形をとったことで
一人暮らし世帯の高齢者の多くが、孤独死を遂げてしまうという大きな問題を引き起こしました。
震災前、一人世帯の高齢者たちは、支える家族が近くに居なくても地域のコミュニティの中での見守りが機能し、守られてきました。
特に地方においては、先祖代々の土地に住み続ける方も多く、地域との繋がりや支え合いを大切にして生きることが一般的です。
つまり、そのことによって高齢者は孤独にならず、安心して暮らしていくことが出来ました。
しかし、そのような機能を無視した自治体の措置により、仮設住宅の中での人間関係を築けなかった高齢者たちは、人知れず亡くなるという悲しい現実にさらされ問題となりました。
震災によって失ったものの大きさに押しつぶされ、心を病んだ人も多かったといいます。

地域の輪を考慮した配置を

この経験を新潟中越地震や東日本大震災の際は大いに生かすことにつながりました。
避難所を地域住民ごとに分け、仮設住宅への転居の際も、これまでの地域のつながりを考慮して配置を行い、一人世帯の高齢者が孤立化しないように注意を払いました。
たとえば新潟中越地震では、当時最も被害の大きかった山古志村の住民たちは、震災直後は救助された順に各避難所に送られました。
そのため親しんだ地域社会の人々と離ればなれになり、当惑している高齢者が多く見られたといいます。
しかし阪神淡路大震災の教訓があったことにより、地域ごとに住民をまとめ、避難所に再配置する措置を受けることができました。
これにより救われた高齢者は多かったと推測されます。

高齢者を守るために

SNSなどで簡単に繋がれる若者たちや、子供を通じてつながりを再構築しやすい子育て世代とは異なり、高齢者はどうしても孤立しがちです。
一人世帯の高齢者は特にその傾向が強くなります。
そのため、せっかく仮設住宅に入居できても、孤独の中で悲観的になり過ぎたり、酒に溺れてしまうような生活に陥りがちなのです。
このことが今回の熊本地震でも考慮され、地域ごとに避難所や仮設住宅を分けるなどの措置が行われました。
さらに、東日本大震災の際も際立ったのが、高齢者の住み慣れた地域への愛着心の高さです。
熊本地震でも壊滅的被害の出た益城町や南阿蘇村の高齢者の多くが、何とか自宅を再建して住み慣れた土地へ戻りたいと望んでいます。
地域のつながりや住み慣れた土地への愛着を尊重したきめ細やかな支援策が、今後ますます求められています。